深夜、夜食をたべる

※ウルトラ族が飲食をします。

 

足に根が生えたようだ。地面に張りついて動けない。脚から体温が下がっていく。石になる。もうずっと自分は石で、墓碑だったような気がする。故郷で死んでいったひとたちの、墓であるような気がする。
それでも構わない、それがいいように思えてくるのが、この夢の怖いところだった。
でも、だめだ。僕は生きていて、故郷の墓碑などではない。
アストラは気力で跳ね起きた。
部屋はまだ暗い。アストラは呼吸を落ち着かせながら、窓のほうを見遣る。ひとすじの明かりも差し込んではいない。まだ夜中だった。
キングはいくつかの惑星に別邸を持っている。そのうちのひとつに所用があって召喚され、兄とともに宿泊していた。
この星は恒星を中心に公転する惑星で、昼と夜があり、季節を有する。山麓と、高度と土壌などの環境によって異なる植生が存在する。川が流れ、海に注ぐ。水辺沿いに発達した街がある。L77星に似ている。
兄の言葉を借りれば、地球にも似ているという。
アストラは子どものように膝を抱えて、頭を埋める。
ちゃり、と太腿から垂れさがった鎖が鳴る。心身が冷えていくような感覚は、ここからひろがっているのだと思う。
この夢は、光の国ではしばらく見ていない。マグマ星人の捕虜だった頃もそうだ。生きることに必死だったからだろう。助け出されて、生命と身の安全がはかられてはじめて、墓標になる夢を繰り返し見るようになった。それでも次第に頻度は減ってきていた。
おそらく、人工太陽の照らす環境がL77星とかけ離れているためだろう。
アストラは息を吐いて、こめかみを押さえた。
L77星を思い起こさせることが、自分を苦しめる。父や母、宮廷の臣下、城下の人びと、町並みや緑なす大地。愛するものたちが、寂しさや苦痛をともなうものに変わってしまった。記憶が薄れてしまえば、楽になれるのだろうかというささやきが胸を過る。そんなことはしたくない。許されない。王族という民に仕える存在に生まれながら、自分は生き残ってしまったのだから。
であれば、L77星の墓碑になるのがせめてもの償いで、自分にはそれが似合いではないのか。
アストラはベッドを下りて部屋を出る。
人の気配が階下にあった。

広間を抜ける。ちょっとした規模の饗応を行うことができるくらいの広さがあるが、今回キングはレオとアストラだけを随伴していたためにがらんとしている。その向こうの厨房から光が漏れていた。
「あっアストラ」
「兄さん、」
厨房は明るく、火の気配があってあたたかかった。 こちらに背を向けて調理台に立っていたレオが振り向く。ややばつが悪そうにしている。
「……夕食が早かったから、腹が減ってしまってな」
近づいてレオの手元を覗き込むと、インスタント食品の調理中だった。鍋で湯を沸かして乾麺を入れて粉末状のスープを溶かし、十分とかからずに完成するものだ。石造りの荘厳な造り厨房でレオがインスタントのラーメンを茹でていることに、アストラは笑ってしまった。頬が綻ぶ。ほっとすると、麺の油の匂いが空腹感を刺激した。
「僕もお腹空いてきちゃった」
なにかつくろう、まだラーメンある? と呟きながら、レオと並んで棚を探し、醤油味の封を開けて鍋に水を入れる。
「兄さんがいてよかった、」
レオと並んで麺を茹でながら、アストラはぽつりと零した。兄が自分を心配そうに見つめているのが分かった。アストラは明るく言った。
「そういえば昔、兄さんと厨房に忍び込んでずいぶん怒られたよね」
「ああ、あったなそんなこと」
レオが笑う。
「毒味を通した冷めた飯など、子どもが食べて美味いものではないからな」
自分が墓碑になってもいいような、あるいはずっとそうだったような夢に支配されかかったとき、アストラはレオの姿を求めるのだった。今でこそ姿は変わったしまったけれど、双子として生まれた兄が生きて、動いている。それを確かめると、自分は墓碑ではないし、たとえ王族が民に仕えるために生まれてきた存在だとしても、生を墓碑として終えていいわけがないと思えるのだ。
「持ってきた卵も入れようかな。たぶんキングは朝食にするつもりだったのだろうけど」
「俺もそうする」
調理が済むと二人は調理台に器を並べてラーメンを注ぎ、適当な椅子を揃えて夜食を食べはじめる。醤油ラーメンと卵の匂いが、湯気とともに漂っている。