レッスン・4

R-18

兜合わせです。

 

 

深い口づけを交わすようになってから、互いの体に触れるようになるまでさほど時間はかからなかった。神永の両手のひらがリピアーの頬を包む。リピアーはおとがいを上げて神永のくちびるを迎え入れる。ベッドのマットレスが軋み、現生人類の男性二人分の体重を受けとめる。横たわったリピアーの鼓膜に、小さくリップノイズが届く。
神永の厚みのあるくちびるに食まれ、リピアーの背筋をぞくぞくと興奮が駆け上る。新しくて、少し怖いような刺激は、リピアーの好奇心を刺激する。
ついぞ味わったことのなかった未知の感覚を、神永によって喚起されることを、リピアーは好ましいと感じている。
吸ったり食んだり、息を奪うように舌を絡ませ、キスの合間に呼吸をする。リピアーの知るかぎり、基本的に現生地球人類は接吻のあいだ眼を閉じるようだ。けれどリピアーはこっそりと眼を開けて、間近にある神永の顔を見るのがのが好きだ。神永の長くて密度の濃い睫が震える。ときおり瞼を上げた彼と視線が合う。ひそかに見つめていたことを、きっと神永は知っているのだろう。神永が微笑み、リピアーは弧を描いたくちびるに引き寄せられる。
啄むようなキスに応えていると、神永の手が下に移動して、シャツに触れる。神永は器用にリピアーのシャツの釦を外していく。リピアーも神永のシャツをそうしたいと思うのだけれど、うまくいかない。神永にとっては日常である衣類の着脱はリピアーにとってはそうではなく、融合していた頃のように神永の身体記憶にアクセスできないとどうしても手間取ってしまう。他者の衣類ならなおさらで、リピアーがもどかしく思っているうちに、神永が自ら釦を外していく。
光の星住人であればこそウルトラマンとして禍威獣や外星人と相対することができるが、神永と同じように現生人類として生まれて育っていれば、もう少しスマートにできるのだろうか。
けれど、その切なさや歯がゆさよりも、神永が自らシャツを脱いでいくときの姿にどきりとしてしまって、リピアーはこくりと喉仏を鳴らす。あつい。体温が上がっている。喉が渇く。この渇きを癒してほしい。ほかの誰でもない、神永新二に。リピアーがなんとかベルトを緩めてジッパーを下ろす間に神永はシャツを脱ぎ捨ててベッドの脇に落としている。神永のくちびるはリピアーの頬や顎、首筋へと降りていく。その間にも神永の熱を感じたくて、神永と同じ性器を有していることが嬉しくて、どうしても腰を寄せたくなる。服を脱ぐためには少しの間距離を取ったほうがいいのに、それだけのことがひどく困難に感じる。リピアーが腰を浮かせたタイミングで、神永はリピアーの下着ごとトラウザースを引き下ろし、するりと脱がせて自分のシャツと同じようにベッドの脇に捨ててしまう。
神永がトラウザースのポケットから二人分のコンドームを取り出し、一人分を切ってリピアーに渡した。封を破って、勃起したペニスに装着するだけのことなのに、指が震える。やっとのことで薄い膜を纏うと、トラウザースと下着を脱いでゴムを付けた神永が宥めるように優しく微笑んでいた。
「リピアー、いいか?」
「っ……、ああ。神永、早く」
「続きに戻ろう」
神永はリピアーの両肩をそっと押してベッドに沈める。その肩越しに部屋の照明が見える。いつもと明るさは変わらないはずなのに、眩暈のような感覚を覚える。間近にある神永の首筋から、神永の匂いが香る。
「かみなが、」
鼻がふれ合うほど顔を寄せ、リピアーは神永の性器に両手で包む。神永のペニスは反り返り、薄いゴム越しに裏筋が見える。リピアーのものも勃起している。どくどくと鼓動が伝わってくる。性器も拍動している。現生人類の生命維持に最も重要な器官である心臓を握り合っているかのようだ。
互いの裏筋を擦り合わせされると、先端からカウパー液が漏れてゴムに溜まる。ぞくぞくとした感覚が背筋を這い上がる。これが快感というもの。神永はリピアーのつたない動きを補うように、右手でリピアーの手ごとふたりの性器を扱いた。
くびれをぐるりと刺激され、リピアーの腰が揺らめく。触れ合った性器からも手のひらから、手の甲から神永の膚の熱さが直に伝わってくる。神永の呼吸がリピアーのくちびるに触れる。
「は……っ」
先端をぐりぐりと弄られ、リピアーの息も浅くなってくる。人類の体で全力疾走しても、ここまで呼吸がアンコントロールになならないだろう。互いの吐息が、興奮を煽る。溺れる、というのはこんな感じなのかもしれない。身体が制御が困難になり得る、という経験じたいリピアーにははじめての感覚だった。リピアーは神永よりもはるかに長い時間を生きているけれど、そういう体験じたい想定もしていなかった。コントロールすることが困難な欲望があり、それを飼い慣らすという点では神永に長がある。慣れたい、学びたい、できるようになりたい、神永のようになりたい。できないこの身がもどかしい。けれど、肉体を重ねることができるのは同じ存在ではないからだ。
「神永、かみなが」
「っ、リピアーー……!」
もどかしさが快感に束ねられていく。快感の階を駆け上っていく。リピアーは神永のくちびるに自身のそれを押しつけた。神永が大きな眼を見開いて眼を閉じ舌を絡め、キスに応える。
極まったのは二人同時だった。
神永はベッドに手をついて、脱力しかけた体を支えようとしたが、
「神永、そのまま……」
リピアーは神永の背中に腕を回して告げた。
神永は少しためらったようだったが、リピアーの言葉通り、リピアーの上に直に体を重ねた。
「重くないか?」
「重くない」
神永はしかし、リピアーに体重がかかりにくいように、少しだけ体をずらした。神永とリピアーの肺は荒い呼吸を繰り返す。
リピアーは眼を閉じて、部屋に響く呼吸を聞いていた。
二人はしばらくそうしていた。
気息がおさまると、リピアーは眼を開いても続くうっとりとした心地のまま、口を開いた。
「神永。とても、気持ちよかった」
「俺もだ」
「私ときみの体はべつのものだが、べつのものでありながら、一体であるようだった」
「うん」
リピアーは神永の背筋を撫でた。厚みのある背筋をなぞると、神永がこそばゆそうに眼を細める。
「私はきみと試行可能なコミュニケーションはすべて試してみたい。……きみが嫌でないなら、次は、私に神永の性器を挿入してほしい」
神永ががばりと体を起こした。大きな瞳に見つめられる。リピアーは真っ直ぐに見つめかえし微笑んでいる。
「嫌なはずがない」
「神永、私はきみを深くで感じたい」
「リピアーは、ボトムでいいのか。できるだけ努力はするが、痛かったり、苦しかったりするかもしれない」
「もどかしかったり、苦しかったりしても、今まできみは必ず『気持ちいい』を連れてきてくれた」
「……善処する」
「神永、では、同意してくれるか?」
「同意する」
神永はリピアーの前髪をかき上げると、額にひとつ、口づけを落とした。リピアーも口づけを返す。約束の代わりに。