宿敵

光の国の巨人たちですら確かには知らぬほどの遠い昔、原初の宇宙は邪神たちが存在したという。それらは悪意のかけらとなって、平行宇宙にちらばっている。トレギアが呼び起こし、カラータイマーに封じ込め、力の源としているそれらは、彼人に無限の文字通り不死を与えた。
タイガがトレギアを倒す。平行宇宙の邪神のかけらが、もはや不可分となったトレギアとともに目を覚ます。タイガがトレギアを倒す。邪神とトレギアが目を覚ます。タイガがトレギアを倒す。邪神とトレギアが……。それをいったい何度繰り返したことだろう。戦いはじめてから、少なくとも二千年が経過していることは確かだった。はじめてトレギアを破ったときたった4800歳だったウルトラマンタイガは、すでに8000歳を超えている。
いまタイガとトレギアが戦っているのは、とある小さな惑星だった。ひとつの恒星を中心に公転する惑星の群れの端に位置し、暗く、寒い。ウルトラマンのエネルギー消費量は大きく、その上トレギアが決戦の場所としてタイガを呼び込んだのは太古の邪神を崇める神殿の遺跡だった。タイガにとって不利な戦場で、疲労も激しいが、まだいくらか余力はある。しばらく凌げば、タイタスとフーマの救援も見込める。
いっぽうトレギアは満身創痍だ。勝利を確信しても油断できる相手ではないが、おそらく「この」トレギアは最期を確信しているのだろう。
何十回、何百回の決戦からくる経験が、タイガにそれを悟らせた。
タイガとトレギアは黒い泥で積み上げられた神殿の頂上で、相対していた。トレギアの背後の壁には大きな孔が空いている。タイガの光線で穿たれたものだ。
トレギアの後方で雲が重苦しくうねり、雷鳴が轟く、地響きとともに建物が揺れる。この神殿も、長くは保たないだろう。何本も柱を折ったし、天井から乾いた黒い土が落ちてくる。ウルトラマンの決戦に耐えられる建築物は、そう多くはない。
「しばらくのお別れだ、坊や」
トレギアが優雅に手指を振ってみせる。長い爪が宙をひらめく。
トレギアが床を蹴って仰向けに空中に身を躍らせるのと、タイガが跳躍したのは同時だった。
「待て!」
こいつ、おれが空けた孔から飛び降りて死ぬつもりだ、と思うよりも速くタイガは飛び、トレギアの腕を摑んでいた。ウルトラマンには飛行能力がある。が、その力を使わなければ重力には逆らえない。地面に叩きつけられる。肉体が弱体化していれば、死ぬ。
「……ッ、ハァ!」
トレギアの体重がタイガの肩に懸かる。ひう、と冷たい風が下から吹き上げて、タイガの頬をなぶる。肩がちぎれそうな痛みをこらえて、タイガはトレギアを引きずり上げた。
強引に肩を貸すようにして、歩きはじめる。

 

「……どうせきみは私を倒すつもりだっただろう」
タイガに引きずられながら、トレギアは問うた。なぜか、なぜかは全くわからないわけではないが、相当機嫌が悪そうだった。
うるさいな、とタイガは返す。
「あんた本っ当に性格が悪いよな。おれの夢見が悪くなるような死に方しようとしただろ」
「どうせすぐに蘇る」
「で、おれが倒す。おれはいい加減この繰り返しに、飽きてきたんだ」
頬に落ちてくる天井の破片の量が増している。いよいよ遺跡が崩壊するときが、近づいているのだ。
「きみは傲慢なガキだ。いいか、私を助けただなんて思わないことだ。きみはきみに助けられないものとか、救えないものがあるものが許せなくなっただけで、私をどうこう思っているわけではない」
「そうかもな。おれはおれの手からあんたが零れおちていくのがいやなだけかも」
近くで地響きがした。揺れの間隔も短くなってきている。
まずったな、とタイガは思った。さっきの壁の穴からトレギアを抱えて飛んだほうがよかったかもしれない。暴れられて二人とも地面に真っ逆さまなんてごめんだと考えたのだが、階段を下りて脱出するまえに神殿が崩壊するだろう。
タイガは壁に目を走らせる。これもトレギアか自分が空けたものだろう、それほど離れていない場所にも、大きく孔の空いた壁があった。
タイガはそちらへ向き直り、歩む。
黒い雲の中に二つ、銀色の小さな輝きがある。点の大きさほどのそれらだが、近づいてきているのが分かる。
フーマとタイタスだ。
「……あんたは、ほんものがほしいんだな」
タイガはぽつりと口にした。
地響きに紛れてしまうなら、それでもよかった。
「でもさ、トレギア。もうおれは、ほんものじゃないってことで、おれが父さんじゃないってことで、傷ついてなんかやらないぜ」
聞こえているのかいないのか、トレギアは答えない。父とそう変わらない年のはずが、タイガにはトレギアが自分より幼く、気位の高い少年のように見えることがある。問いかけても何度疑っても崩れることのない、ほんものの愛をほしがっている。
「それで私をどうするつもりだ、坊や?」
「さあな」
「何も考えていないのか? 余裕だな」
トレギアが嘲笑う。腹が立たないわけではないが、タイガは気にしないことにして、足に力を込め、飛び立つ。
「余裕があるように見えるとしたら。あんたがおれを強くしたんだよ」
暗黒の雲のほうへ。仲間のいるほうへ。
宿敵とともに。