シスターくんと吸血鬼・メタモルフォシス

メタモルフォシス


※かぎろひ(@ai_2_siki)さんの発案を元した、吸血鬼×シスター(青年)のBLの続編です。
※シスターくんと吸血鬼には、シスターくんが誓願を立てて吸血鬼と別離するルートと、シスターくんが吸血鬼のそばで神に祈りつつ吸血鬼に加わるルートが存在します。これは後者の小説です。
※直接的な描写はありませんが、多少の性的なニュアンスを含みます。


シスターが|血族《クラン》に加わってはじめての夏は、ひどく蒸し暑かった。
陽のひかりを苦手とする吸血鬼は、夜が短くなり、大気に太陽の気配の満ち満ちる夏に弱ることがある。真祖である親父は日光もへっちゃらだし、俺も兄貴も丈夫だから、ちょっと焦げたくらいで済む。けれどシスターは、「おまえのために祈るよ」と言ってくれて、儀式を経て一族に加わってくれたシスターは、まだ吸血鬼としての肉体に馴染みきっていないのか、怠そうな日が続いた。静脈が透けるほど薄い皮膚が、暑気あたりで赤くなっている。地下室は涼しいけれど、本来活発で働き者のシスターは、籠もっていると気が塞ぐようだ。
晩餐は血のしたたる鴨肉のソテーと強火でさっと焼いたやわらかなヒレ肉のミディアムステーキに、協力者の血を少しずつ混ぜたシチューだった。シスターはいくぶん食欲を取り戻し、シチューはすべて食べ、食後に森の散歩に出かけた。ほの白い月の光を浴びるシスターは、自らかがやくように、きれいだった。
城に戻ると、使用人のあやかしたちが集まってきてシスターを取りかこみ、湯の支度ができていること、床の支度ができていること、いやいや熱はないか、など問いかけて、あれこれ世話を焼こうとする。シスターは修道院育ちで、世話をされることにまだ慣れていない。帽子に留めた黒いヴェールに覆われた顔が、所在なげに俺を見上げた。シスターはおおむねうまくやっているが、森の精霊やら、いくさで殺された、城のかつての住人の霊やらは、真祖の放蕩息子である俺が連れてきた新しい血族に興味津々なのだ。
それも、吸血鬼になっても信仰を捨てるつもりのない変わりもの、とくれば。
いつまでも物見高いあやかしたちから、雲が月を隠すように、俺はシスターを連れて部屋に戻った。
「顔、見せて」
吸血鬼は外出時、夜でも帽子にヴェールを留めていることが多い。黒いヴェールをよけて、俺はシスターの顔を覗き込んだ。
「まだ少し赤いかな。暑い?」
「少し。でも、夜風がきもちよかった」
シスターの頬は常よりも少し朱がまさっていたけれど、昼間の茹だったような熱さはない。言葉のとおり、いくぶん具合が良さそうだ。俺はほっとした。
「額を、くっつけてもいい?」
「いいよ」
お許しが出たので、俺はシスターの頬を両手で包んで、額を寄せた。まだ少し、吸血鬼にしては体温が高いように思える。
「…俺、蛇になろうか」
「蛇に?」
「きっと涼しいよ」
とりたてて得意というわけではないが、俺は動物に変化することができる。ときおり、俺はシスターと同衾するとき、獣に変わる。たとえば冬に、黒いつやつやの猫になってシスターに抱き締められたり、毛の長い大きな犬になってシスターを抱き締めたり。たまにしかやらないのは、シスターは、ひょっとして人間より吸血鬼より、動物が好きなんじゃないかと思うからだ。俺より、けものの姿をした俺に気を許している気がして、妬けてしまう。
とはいえ、シスターの元気には替えられない。
顔を離すと、シスターはまだ首を傾げている。
「…僕の体温が移って、おまえの具合が悪くなったりしないのか?」
「俺? 俺が頑丈なの、知ってるでしょ」
まだ眉を寄せているシスターに、俺はへらっと笑って言葉を接ぐ。
「万一熱っぽくなったら、この姿に戻ればいいんだし。ふたりで熱を出したら、いっしょに地下室の棺桶で眠ろう」
「…混ぜっ返すなよ。僕にも、おまえの心配をさせろ」
シスターは少し、腹を立てたようだった。だめだな、と思うのに、俺はにやにやしてしまう。
「うん。ごめんね。シスターに心配されるの、嬉しくって。つい」
「…もういい、」
シスターは支度をして、湯殿に向かった。風呂場を担当する霊は、ミントの葉をどっさりと浮かんだ湯を用意していたらしい。たまには霊も気の利いたことをする。入浴を終えたシスターは爽やかな匂いを漂わせ、寝間着にガウンを羽織って廊下に現れた。俺としては絹や異国の織物を使って、贅をつくしてシスターのドレスや室内着をあつらえたい。けれどシスターは、寝間着に修道院にいた頃のものを使っている。ガウンと、散歩の際のドレスは着道楽の一族のお下がり。それだってシスターにとっては過ぎた贅沢品らしい。
シスターは自室に戻った。祈りの時間だ。
シスターは祈りを欠かさない。俺のため。吸血鬼のため。城に霊や、森の精霊たちのため。
しばらくして、シスターは俺が待つ寝室をおとずれた。
俺はランプを消して、薄い緑がかった黄色の大蛇をイメージする。肉体を構成する細胞が、血液が黒い霧に変化し、俺は蛇の姿に変容する。ガウンが脱げて、ぱさっと音をたてた。俺は赤ワイン色の絨毯を匍匐し、シスターの右足のピンク色の爪先、かかとに巻きつき、足元を這い上がっていく。肉の薄いくるぶしを越え、膝に辿り着くまえに、シスターが屈んで、俺を拾い上げた。俺はシスターの手首、腕、首に絡みつき、しゅるしゅると舌を伸ばして顎を舐めた。
「…こら、くすぐったいったら」
シスターはくすくすと笑っている。眉尻を下げているが、とくに怒ったような様子はない。シスターは俺を抱えて、ベッドに倒れ込んだ。俺はシスターがたまにこうやって、行儀の悪いところを見せてくれるのも好きだ。それにしても、シスターって動物が好きだし、俺が吸血鬼のすがたをしているときよりも、けものに化身しているときのほうが素直だし、甘いよな…。
シスターは夏物のシーツの海に潜りこむ。俺はシスターに抱き締められる。シスターの着古した寝間着は生地がごわごわしているけれど、裾や手首には繕ったあとがあって、大切に着てきたことが分かる。シスターの膚からは、ミントの匂いがする。俺の鱗からも涼しさを感じてくれていればいいけれど、ヒトの声が出せないからこれじゃあ具合を訊けないな。
枕に左頬をうずめたシスターが、眠たげな声でつぶやいた。
「…つめたくて、きもちいいな、おまえ」
よかった。シスターの脚に尾をからませる。シスターは瞼が重たくなってきたらしい。澄んだ湖面のような眼に、とろりとした光が浮かんでいる。
「おやすみ…」
眠りにおちたシスターの脚が、夜着越しに腰や背中が、俺に触れて少しずつ穏やかな平熱を取り戻していく。シスターの首に顎を載せて、体温を感じながら、俺も睡った。

翌日の夜、シスターはぴんしゃんして、あやかしたちと城の手入れに挑んでいた。俺はもちろん、異常なし。いっしょに厨房の掃除をした。

シスターを頭から丸呑みする夢をみたことは、俺だけの秘密だ。