月下密造少年

R-13

 

 

日が落ちたあとの夜気はまだ冬のように冷たい。しかし通りの桜の芽は次第に膨らんで、少しずつ春の浮ついたような空気が漂いはじめている。そんな気配のある夜だった。うっすらとたなびく霞が満月の光を反射して、夜空ぜんたいが明るい。
もっとも、二十面相は月の光に恐怖するようなちゃちな泥棒ではなくて、怪盗であった。人の心を狂わせるような月光は、むしろ彼の味方であった。
二十面相はふと、小林少年がどうしているのか気になって、明智の事務所兼自宅に潜入していた。開化アパートの住民の友人に変装し、ゲストルームに宿泊している。時刻は午前二時を過ぎ、アパートの共用部分の社交スペースもカフェテリアも照明が落ちている。住民は皆寝静まって、明智宅も例外ではないように思われた。二十面相は明智宅のドアの鍵を解き、猫のように忍び込む。すると、人の会話が聞こえてきた。一人は成人した男の声で、明智の声のようだった。もう一人の少し高いような声は、ほかならぬ小林少年のものだ。二十面相は音を立てぬよう、そっと身を屈めて、ドアの鍵穴から中の部屋を覗き見した。小林少年がベッドの上に身体を起こして座っているのが見える。寝間着のズボンだけを穿いて、上半身にはなにも着ていないらしい。膚に、うっすらと月光が降り注いでいた。
「――」
「――――、」
小林少年と明智は何を話しているのかと、二十面相は眼を眇め、耳を澄ます。すると、二十面相は妙なことに気付いた。小林少年の肩から先の右腕が見えない。ベッドの天蓋の陰になっているのだろうか。二十面相は鍵穴から眼を凝らす。覗き穴の視界の外にある部屋の中央部分にいたらしい明智が、ベッドの近くにやって来る。明智は何か白いものを持っていた。二十面相は瞠目する。明智がさも大事そうに抱いているものは、腕のかたちをしていた。まさしく少年の腕ほどの大きさである。マネキンか生き人形の部品のように、造り物じみて月光をうけて輝いている。
明智はベッドの脇の絨毯のうえに跪いて、下方から小林少年に腕を取り付けた。恭しい仕草だった。明智が携えていたときには彫像のようだった腕は、小林少年の肩に填まるとゆっくりと血の色が通った。
明智が立ち上がる。メンテナンス、という言葉が二十面相の耳に届いた。小林少年は頬を染めて、枕元に畳んであった寝間着の上着を手繰り寄せる。
二十面相はそれらを、目撃していた。
明智が振り返った、ような気がした。気がした、というのは、鍵穴ごしに眼が合うまえに、二十面相はその場を去っていたのである。

あれは夢だったのだろうか、と二十面相は思う。春の夜が見せた幻だったのだろうか。それとも、ふだんの二十面相の仕掛けの意趣返しに、明智と小林少年が何かトリックを仕組んだのか。二人に担がれたのか。
しかし、二十面相は小林少年が血を流す様子を見たことがあるけれども、不思議とあの夜の光景を造り物だと思えないのである。

小林君、もしきみが精巧な自動人形だったなら、きみを盗み出したとて、それはおれがいつも行っているような、窃盗の罪にしか当たるまいね。
二十面相は甘美な想像をめぐらせる。
きみをおれの博物館に飾ってやるよ。