alone in our castle

 ドラマタイタンズジェイディク。R18
※性描写そのものは軽度ですが、性暴力描写があります。性暴力によって関係を結ぶことに賛成する小説ではありません。

 

 傷つけたい。
ジェイソンのディックへの感情は振り子のように揺れて、ひとつ処に留まることがない。弟のように振る舞ってやってもいいような、甘やかな気分を抱いたかと思えば、そうした慕わしさを抱いたことをたまらなく屈辱に感じることもある。だいたいそれらは交互にやってきた。ジェイソンは自らの感情に翻弄される。前者の心地が穏やかであるほど、後者の嵐のような激情は強く長く続く。ジェイソンもわかっているのだが、自分でもどうしようもない。気持ちが大きく揺れることもまた、ジェイソンを不安定にさせた。感情のままに言葉をぶつけても、ほとんどの場合ディックは言い返さない。ディックの瞳が震える。黒い瞳にもの言いたげな光が走るけれど、それきりだ。ジェイソンはその光をつかまえたくて、よけいに苛立つ。
では、言葉ではなく行動なら? 暴力なら?
ジェイソンはディックの両腕を摑んで、押し倒していた。ディックが抵抗した場合のシミュレーションも何通りか予想していたのだが、それらは空振りに終わった。とすん、という音が部屋に響いた。音はウェイン邸の分厚い壁に吸いこまれていった。さながら古城のようなウェイン邸は驚くほど静かで、ジェイソンは思わず息をひそめる。
にぶい光がディックの顔に注いでいた。部屋の明かりはつけていないから、窓からの光だ。ゴッサムの陰鬱な雲でにぶった太陽の光。
「僕とセックスがしたいのか?」
なんでもないような声だった。いかにも年齢や経験の差を思い知らされるようで、ジェイソンはまた苛立つ。
「…ちがう、」
セックスがしたいわけではなかった。かといってレイプがしたかったわけではない。少し驚かせたかっただけだ。
傷つけたかった。
ジェイソンは舌打ちをしてディックの身体から離れ、ベッドの下方に座った。
「……あんた、男とヤッたことあるのかよ」
ジェイソンは思い出す。ブルースに連れられて行ったパーティはいつも退屈だった。笑いのさざめきの底を、噂話が流れていく。ジェイソンにまつわるものも少なくなかった。ほとんどが、ここにいない誰かとジェイソンを引き比べたものだった。
ジェイソンは手許のシャンパンの水面を見下ろしていた。小さな泡が弾ける。「ディックに比べてつれないのね」という囁きが聞こえる。「ディックは誘いを断りはしなかった」、と。シャンパンの澄んだ水面に、ハンサムな貌が映ったような気がした。
「……考えたことがなかったな」
ディックはベッドから上半身を起こした。賢い犬に似た、下がった眦と黒い眼が記憶を手繰るように動く。
「できないことはないと思う」
「ハッ」
ジェイソンは鼻で笑った。
「あんた、『できなくはない』で誰とでもするのかよ」
「誰とでもじゃない。親しい相手とだ」
「『親しい』?」
「だからおまえとだってできる。しないのか?」
「たまにあんたのことを殴りつけたくなる」
ジェイソンは少し躊躇ったあと、はっきりと口にした。
「おれがあんたにしたかったのは、暴力だよ」
「僕が合意していれば、暴力ではないな。おまえがしたいんなら」
「おれがしたいんなた、あんたもしたいことになるのか?」
「プレイにもよる」
「あんたは誰かを……、」
愛したことがあるのか。
ジェイソンは言いかけて、やめた。愛の話などするつもりはない。ディックに対してぶつけたいのは暴力のはずだ。
「もういい」
ジェイソンは立ち上がって、部屋を出ていく。自分の声がひどく子どもっぽく聞こえて癪だった。
噂話なんて退屈で、くだらない。あのパーティもまた、ジェイソンがディックの不在を思い知る場だった。ブルースの養子に迎え入れられて以来、どこに行ってもそうであるように。それは、ディックという中心が失われたからだと思っていた。みな、ディック・グレイソンを愛し、ディックもそうであったのだと。
もし、そうではないのなら? ディックの内側に乾いた荒れ野があるのなら。自分と同じように。
なら、この感情をどこにぶつければいいのだろう。 ジェイソンは立ち止まり、廊下の壁を殴りつけた。
「……くそ」
ウェイン邸の壁はびくともしない。さながら城のようにそびえたつ館の壁は。そこに生きる子どもたちの感情などお構いなしに、その身に包んで覆ってしまう。