シスターくんと吸血鬼・テイル

「…おまえ、それ、どうしたんだ?」
シスターは、教会の隅の柵の向こうに吸血鬼のすがたをみとめて、ヴェールの下方のくきやかな眉をいぶかしげに寄せた。
柵に植えつけられた遅咲きの淡いピンクのつるばらは、夏の宵を迎えて、花弁が紫がかった色に見せていた。
吸血鬼も、シスターにつられて首を傾げる。自身の頬にぺたぺたと触れてみる。
「俺、どこか変なとこある?」
吸血鬼は手袋越しに、頬、肩、胸の順番に、自分の身体にぺたぺたと触れた。ちゃんと人のかたちをしている。下着にシャツ、襟を取り付け、金のボタンが縦二列に並ぶ縦二列の金ダブルブレストのウエストコート、後方の裾の長いコート。牡鹿のブリーチ。揃って、黒にわずかに臙脂色を垂らした色に染め上げて、黒いトップブーツを合わせている。普段の格好だ。
どこもおかしいところはないはずだけどな。吸血鬼があらためてシスターを見つめると、シスターはぷっと吹き出したのだった。
「…尻尾が、」
シスターはほっそりした手を口許に遣って、くくく、と忍び笑いを漏らしている。
「あー…、これ…!」
ふさふさとした灰色の尾が、吸血鬼の手に触れた。
教会や街の人々の前では、いつも慎ましやかな笑みを浮かべている。吸血鬼の前ではつんとすましていたり、険のある顔をしたり、気色ばんだりしていることのほうが多く、それらの表情もじつに魅力的だけれど、シスターを怒らせたいわけではなかった。「ふ、ふふ…っ、ずっと、ぱたぱたさせて…ずいぶん可愛らしい尻尾があるじゃないか、おまえ」
シスターはこらえきれない様子で、悪童のように笑っている。もしかして、少しくらいは心を許してもらえてるんだろうか。
吸血鬼の胸にじわりと照れくさいような、今すぐに抱き締めたいような心地がひろがる。
「…さっきまで狼の姿に変わってたから。戻しそこねたんだよ」
よりによってシスターに、転変途中の人狼みたいな、間抜けな姿をさらすだなんて。このうえない失態だ。けれど、笑いをこらえきれなくなっているシスターはなんて愛らしいんだろう。
「森を抜けるなら、狼の脚が速いから」
「そうなのか」
「シスターに、早く会いたくてさ」
ぐ、とシスターは喉が詰まったような顔をした。「…ばか!」
ヴェールを引っ張って、眼許を隠す。
「そんなこと言ったって、…僕は、どうしようもないのに、」

そんなことは言わなくたって、おまえはずっとうれしそうに尻尾を左右に振っているじゃないか。