「協力、感謝する」
来客用のソファに腰かけた加賀美は感情のうかがえない声で述べた。男は黒いスーツに身を包んでおり、体にまとったもので色といえばネクタイにわずかにジオメトリックの柄が青いラインで入っているくらいだ。
加賀美はテーブルの上の写真を片付け、封筒に入れていく。
写真はほとんどが、部屋の写真だ。一人暮らしとおぼしき、趣味のインテリアの多い部屋。家族と同居しているらしい女性の部屋。家具や壁紙の傾向はさまざまで、まるでランダムに人間を選び、その住居を撮影したように見える。手口の共通している行方事件の被害者の部屋の写真と聞けば、捜査関係者は頭を抱えるだろう。
しかし、一連の事件が「性別と年代とをばらばらに集めている」ことに気がついた人間がいた。それがこの空間の主、宇佐美信である。
「いえ……」
加賀美がちらりと視線を送ると、見つめられたことに気づいているのかいないのか、宇佐美は、と鼻をすすった。
「すみません、秋口は花粉がひどくて」
宇佐美はテーブルのティッシュを何枚か取って、鼻をかんだ。宇佐美は、秋物のセーターに年季の入った羽織という格好だ。羽織は訪問着のそれよりもどてらのような意匠である。
「これで連続行方不明事件のあらましをまとめることができる」
加賀美は数枚の写真を片付けず、残していた。その写真の被写体はかなりブレているが、共通して捉えられているのは、ヒト型をした生物だ。つり上がったピンクの目、紅を塗ったかのような口元。おかっぱのような髪型をしているように見えるが、それは髪ではない。白い皮膚に黒い幾何学模様が走っている。
その生命体は、宇佐美が事件を追ううちに遭遇した異星人だった。
「まさか公安が、写真を所持しているとは」
宇佐美はまたも鼻をかみ、言葉の割に緊張感のない声で言った。
「今回は運が良かった」
「なぜデータでなく写真を持ってきたんです?」
「彼人らは我々地球人類よりも優れた科学力を有している。答えられるのはここまでだ」
「あなたがたはデータに介入される可能性を想定してるってことですか」
「ノーコメントだ」
加賀美は残った写真を揃えて封筒に収めた。
宇佐美は加賀美の言葉の意味することを、耳聡く察したらしい。
「異星人が関係する事件は、これがはじめてじゃないんですね」
「それに答えることはできない」
「公安はどこまで摑んでいるんです」
「答えることはできない。あなたが民間人であるかぎりは」
加賀美はきっぱりとはね除ける。宇佐美は息を吐いて、テーブルの上のカップを手に取った。すっかり冷たくなったコーヒーで喉を湿らせ、ソファに体を沈める。
「僕は情報を提供したのに?」
「一方的に情報を聞き取ったことについては、申し訳ない。私が答えられることはあまりにも少ない。しかし、どうしても知りたければ、宇佐美信。われわれとともに働く気はないか。外星人――われわれはこのように呼称している――の事件を追った経験は、こちらとしても貴重だ。その経験を役立てる気はないか」
宇佐美は眼を何度か瞬かせたあと、カップをテーブルに置いて苦笑した。
「宮仕えには向いていなくて」
「正直なところ」
加賀美もカップを手に取った。彼のコーヒーもかなり冷めているはずだが、意に介した様子もない。
カップの陰になっていた口元が露わになったとき、加賀美は少し口元を緩めているように見えた。
「断られるだろうとは思っていた。あなたは宮仕えどころか勤め人にも向いているようには見えない」
「ひどいな」
「私立探偵事務所の優秀な所長、という意味だ」
宇佐美は肩をすくめる。
「では、失礼する」
加賀美はカップをソーサーに置いた。カップは空になっている。律儀な人なのだろう、と宇佐美は思った。加賀美は封筒をブリーフケースに収納し、席を立った。
宇佐美もソファから立ち上がり、ガラスに「宇佐美探偵事務所」と印字されたドアを開ける。
「では。……また会うことがあるでしょうか、」
「今後、協力を依頼することがないとは言えない。そのとき、外星人と地球市民の関係が悪いものでないといいのだが」
「同感です」
宇佐美は答える。紛うことなき本心だった。
加賀美はもう一度礼を述べ、宇佐美探偵事務所の入っている古いビルの階段を下りて行った。