※メフィラス星人の生態や習性についての独自設定があります。
「慇懃無礼」
公園のブランコに腰かけて、サトルはつぶやいた。
メフィラスは正面で、ブランコを囲む柵にもたれ掛かるようにして座っている。メフィラスが体重を預けるには柵は低すぎて、身体はほとんど余っているようだった。
『慇懃無礼』は四字熟語辞典で覚えたばかりの言葉だが、「言葉や態度などが丁寧すぎて、かえって無礼であるさま。また、表面の態度はきわめて礼儀正しいが、実は尊大で相手を見下げているさま」という解説を読んでいる途中から、メフィラスの笑顔が脳裏を離れなくなった。
メフィラスはサトルが思い浮かべたのと同じ表情で笑った。破顔一笑、しかしメフィラスの笑みは、いつもどことなく目が笑っていない。
「サトル君は、むずかしい言葉を知っているねえ」
傲岸不遜。
続けて連想した熟語を、サトルは口にはしなかった。メフィラスは不遜だが、ほかの大人のように、あるいは地球人がそうであるように、言葉遣いをサトルくらいの子どもに年齢に合わせて幼稚にしたりはしない。
おかげで、サトルは妙に四字熟語に詳しくなってしまった。
サトルは地面を蹴ってブランコを漕いだ。
きい、とブランコが高い音をたてて軋む。
「メフィラスって、メフィラス星人なんだろ」
きい。
「ええ。特命全権大使、外星人0号です」
きい。
「名刺のことじゃなくてさ、星の名前で自分が呼ばれるって、どんな感じ? たぶん僕がどこかの星に行くことがあって『地球』って呼ばれたら、へんな感じがすると思う」
きい。
「メフィラス星人には特異なことではないんですよ」
「そうなの?」
「ええ。そういうものなんです」
「……そう言うなら、そうなんだろうね」
納得したわけではないが、そういうものなのだろう、とサトルは腑に落とし込むことにした。理解できなくても、外星人と付き合うというというのは、そういうふうにすることなのだろうとサトルはなんとなく思っている。サトルが理解しようがしまいが、メフィラスは、現にそこにいるのだから。
サトルのブランコはほぼ漕ぐ必要もなく、わずかに脚を上げるだけで、慣性で高くまで揺れた。
メフィラスが笑みの種類を変える。
「サトル君のそういった賢さを、私は好ましいと思っていますよ」
サトルは舌を出す。
「褒めても地球はあげないよ」
メフィラスは短くうつむき、苦笑する。
「より優れた個体が星の名を背負う。……われわれのこういった気性と習性を、不遜と称する輩もあるが」
以前、私たちは卵生だと言ったね。
メフィラスが話題を変えた。
ブランコをこぎ続けているサトルの頬に、夕方のつめたい風が吹きつけた。サトルは目を細める。
ざざ、とメフィラスの背後の梢が揺れていた。黄葉した葉の影が揺れる。
「私たちは卵生で生まれる。同時に生まれた卵の幼生体どうしは互いに争い、勝利した個体は敗北した個体を喰らう。メフィラス星人は最初のその勝利と味を身に刻んで育つ。他種族からしてみれば不遜な性質にも見えようというものだ」
サトルはブランコから飛び降りた。
「……っと、」
メフィラスの近くに着地して、その背後の木に目を遣る。十一月も後半に差しかかると黄葉もほとんど終わりに近づいて、枝のほうは黄色く、中ほどは橙、先端は紅色の葉も落ちはじめている。
しかし、落葉が終われば冬のあいだに養分をたくわえる。春になればうつくしい花が咲くだろう。
「サクラみたいだね」
この地球にさえ、屍体を養分にしているために見事な花を咲かせると云われる花があるのだ。
ひろい宇宙には、そういう種族もあるのだろうとサトルは思った。
「おまえと花見がしてみたいな」