さびしさをうめる

リピアと神永の分離作業で大きく力を失い光の星に帰れず、人間に擬態して現生人類の中で人類を監視しているゾーフィと、
力を失ったゾーフィに興味を持ったメフィラスが馴れ合っているだけ
リピア・神永は不在ですがゾ→リ←メ
事後です
雰囲気しかない

 

安宿には煙草の匂いが染みついていた。薄汚れた天井を見つめるのにも飽いて、ゾーフィは上半身を起こす。現生人類の男性体ひとつ模した肉体のその程度の動きで、ベッドのスプリングは大きく軋む。隣に横たわる人影が、やや迷惑そうな表情でゾーフィを見上げた。メフィラス。彼人もまた、現生人類に擬態しているにすぎない。ゾーフィは特に意に介さずにベッドを降り、床に投げ捨てていた衣類からジャケットを拾った。裏ポケットのライターと煙草を手に取って、ベッドの縁に腰かける。煙草の封を開けて一本取り出し、点火して咥えた。ゾーフィが現生人類の喫煙している場面を目にしたのは数回だが、およそこのような手順で間違いはないはずだ。
吸いこんでみると、気管に煙が充満する。壁や天井にまでこびりついたものと同種の匂いが肺腑を模した臓器に融けていく。しかしゾーフィは少しがっかりして、息を吐いた。
「どうやらこの嗜好品は、私にはあまり効かないようだ」
「珍しく感想が一致しましたね。煙草は私にもあまり効きませんでした。……ああ、灰皿ならそこに」
メフィラスはゾーフィの傍らにあるベッドサイドチェストに視線を寄越した。ふむ、とゾーフィは答えて、灰に変わりはじめた煙草の先端を灰皿の隅で叩く。
「メフィラス。きみは飲食をはじめ、現生地球人類の嗜好品や文化を愛好しているようだが。ネゲントロピーをエネルギー源とするきみにはエネルギー摂取とはなるまい」
メフィラスは体の後ろに手を突いて上半身を起こした。シーツをたくし上げて下半身を覆い、ゾーフィの喫っている煙草を奪って自身の口元へ持っていく。
「それこそ嗜好というものです、裁定者。私は地球の文化と文明を好ましく思っているのですよ」
「『好ましい』か。ものは言いようだな」
メフィラスは煙草を摘むようにして手にしたまま、肩をすくめて壁を見やった。正面には薄汚れた小さな窓があり、数十センチと離れていない隣のビルの影が差している。
「ものは言いよう」と口にしながら、ゾーフィはそのひとつ前の言葉を反芻している。かつて同胞に向けて放った己の問いを、思い出している。
『そんなに人間が好きになったのか、ウルトラマン』
ゾーフィが尋ねても、ウルトラマンは明確には答えなかった。リピアのなかではまだ現生人類への愛は、明確に言語化されていなかったのかもしれない。代わりに彼人は、「ひとりの人間と共存している」と答え、固い意志を示した。そして生命を、その人間に与えて死んだ。
「言い当てて差し上げましょうか、裁定者。あなたを苛む感情を」
「必要ない。私はウルトラマンより長く生きているし、感情に名前を付ける術を、彼人よりも有している。私は、」
寂しいんだ。
「……きみもそうだろう、メフィラス」
メフィラスの両眼が、きょとん、と見開かれ、ゆっくりと眇められる。
メフィラスは少し短くなった煙草をゾーフィの眼前に差し出した。
「これは、お返しします」
メフィラスの黒々とした虚のような眸に、小さな赤い炎が灯っていた。きっとその光は、ひととき人類のすがたをしているゾーフィの眼にも、映っているのだった。