レッスン・3

キス程度の性描写有 R-15

リピアーは自分の番が済んで、瞼を下ろす。
「…神永?」
ひとしきり口づけを終えても眼を閉じたままの神永を、首を傾げてリピアーが呼ぶ。神永は眼を開く。リピアーは神永の頬を手のひらで覆い、そっと覗き込んだ。
「どうかしたのか?」
「リピアー。君と唇を合わせるキスがしたい」
「それならば、今も……」
「口を開いて、君の口腔に俺の舌を迎え入れてほしい。体液を……唾液を交換するんだ」
「同意する。それも親しさのコミュニケーションなのか?」
「俺が君に、好意を持っているということなんだ」
「そうか。同意する。神永。……神永」
神永はソファから腰を上げ、リピアーが自身の顔をそうしているように、彼人の頬を両手で覆った。やわらかな頬。くちびるの弾力のある肉感を味わい、舌を潜り込ませる。わずかに開いていたリピアーの歯列の間から、侵入する。
ぬるり、とあたたかい感触。かすかに水の音が響く。
「ん……」
リピアーが肩を震わせる。リピアーは眉間を寄せ、舌は戸惑ったように動きを停止させている。その舌に舌を接触させ、唾液を伝わらせる。リピアーの喉がこくりと上下する。神永はリピアーの舌をなぞり、唾液を掬い取って飲み込んだ。ほのかにコーヒーの味がした。
「ん、う…っ」
神永はゆっくりと顔を、続いて身体を離した。ソファが神永の身体を受けとめる。
リピアーが息を吐く。周囲を薄く色づかせてぱちぱちと瞬きする目許を、神永は見つめた。濡れたくちびるが艶めいている。浅い呼吸を繰り返しているリピアーに、胸が二度ざわめいた。
「すまない、驚かせたか?」
「驚いた……? 私は驚いたのだろうか、」
リピアーは首を捻り、浮かせていた腰をソファに沈めた。軽く握った手を口許に持っていく。言葉を探しているようだ。
「私本来の肉体の身体感覚と、この肉体の感覚は大きく違う。大きさも、皮膚の組成も。私はこのままでは大気圏に上ることもできない。次第に意識が肉体に定着してきてはいて、私は今はコーヒーを味わうことができるし、匂いを感じることもできるのだが、……意識と神経が接続状態にない、と言うべきだろうか。君と融合していたときも、最初のうちはそうで、徐々に一致していった」
魂と身体を共有していた神永も、そのときの体感は自分のことのように記憶に残っていた。
「そうだったな」
神永は頷く。
「接続状態にないときは感覚が『無い』ことが分からない。繋がった、と感じたときに初めて『無かった』と理解される。自己が、認識が広がる、…新鮮で驚きに満ちた感覚だ。世界がひらけた、ような」
「うん」
「きみと触れ合っていると、そういう感覚になる。すまない、うまく説明できないのだが……、ああ!」
リピアーは顔を上げた。ちょうどいい言葉を見つけたらしい。
「とても、こころよかった。神永、またしよう」
言語化に成功したことがよほど嬉しかったのか、リピアーは満面に笑みを湛える。輝くような微笑みとその言葉に、心臓が跳ねたのは神永のほうだった。
禍威獣対策の最前線である禍特対に異動して以来、多かれ少なかれ緊張は常にあった。自分の行動に、自分以外の生命がかかわる場面も。中長期に亘る緊張は、公安に所属していた頃からそうだ。それでも心身の制御には自信があった。なのに、神永は狼狽えている自分に、狼狽えていた。
「リピアー、まったく、君は……」
抱き締めたいな。抱き締めてもいいだろうか?
神永は訊ねる。リピアーは「同意する」と答える